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2008/04/23

夢中と独走

 そして、暗がりの中で。夢中になる。何度も、何度も冷静になる自分を振り切るようにしながら、しかし、振り切れないままに。このまま、どこかまで突き抜けて、忘れてしまいたいのか、ここではない場所にむかって。しかし、いずれ、戻ってくる。四方八方に飛びだしていくようでいて、飛び出したその瞬間から、バネの復元力を体中に感じて、そして、また、元の場所へ。それでも、振り切るように、夢中になる。どこか別の場所から、この状態を眺めようとする自分を感じながら。
 もう少し、夢中になれるように、その場にふさわしくない深呼吸をそっと、ばれないようにする。それとも、それほど楽しくはないのだろうか、何に気兼ねしているのだろうか、本当に、好きなのか、そうではないのか、確かめようとするが、その術が見あたらない。それとも、これが好きであると主張することにこそ目標があるのということなのだろうか。自分を客観的にも、主観的にも把握することが出来ない。
 だから、忘れ去るように、無理矢理に夢中になる。何かに追われているように、しかし、もっとゆったりと感じ取るべきなのだろうと、理解してはいるのだけれども。これほど間近であるのに、それでも、何か別のどこかであるかのように。これほどに包まれているというのに。そして、こんな姿を他の誰にも見られたくはないと、結局、こんなことで、一体、何を得ているというのだろうか。
 全てが、無くなってしまえばいいのかもしれない。別に、必死にここまでたどり着く必要も無かろうに。でも、それ以上に忘れ去りたい物があるからなのか、だから、そこではないここで、夢中になって、しかし、そんな消極的な行為であっただろうか。あえてたどり着いたのであるのだから、もっと積極的な物であるとも思うのだけれども。ぴったりと張り付いてくる物が、そこにあるような気がするのと同時に、すーっと過ぎ去ってしまうものだけが、もしくは、幻想に過ぎないものだけが、そこにあるだけのようにも感じる。
 しかし、本来は、そこには、一人称だけではないものが介在しているはずで、そこで、互いの何らかの交流があってしかるべきであろうのに、それとも、それぞれが、それぞれを行動しているにすぎないのだろうか。何らかの形で、交流しているかのようなことを感じているとしても。しかし、それこそが幻想なのだろうか。夢中になっているようで、しかし、そうではなくて、確かに、ただ夢中になっているだけであれば、破綻の無いままに、進むわけはない。その破綻の無さこそが、しかし、本来の交流なのかもしれない。ただ、個が独走しすぎるだけのことではなくて。
 個が独走する。元に戻ろうとする力を感じながら、独走しすぎないように独走する。その個同士が、直面して、独走と独走の中に、何かを見いだそうとする。互いの折衷する場所に向かって、どちらかが歩み寄って、どちら共に歩み寄って、提供し、提供される。それは、自分であるのか、それとも、他者であるのか、それとも、もしかすると、社会なのだろうか、社会における存在なのだろうか、社会とは全く関係のない存在なのだろうか、社会とは関係のない存在など存在するのだろうか。もし、この瞬間、この空間だけが切り離されたとしても、依然として、夢中でいられるだろうか、それとも、もっと夢中でいられるのだろうか、それとも、戻る力を失って、独走と独走が留まる理由を失って、そして、独走と独走の折衷する場所を失って、そして、どこかで失墜するのだろうか、美しき夢中の頂点の中に。
 そして、終わる。満足しているような様子をしながら、何かが不足しているようなものを感じながら、日常に着地する。それだけといえば、それだけであって、しかし、やがて、またそれだけの元に戻りたくなるのだろうけれど。

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