dLINKbRING powered by Rogi073
サイト内検索
2008/02/04

大きな風

 大きな風を受けていた。その風が、どこかで止まると。止まったわけではないのだろう。偶然にも、その風から逃れるただけで。惰性だけで動いているのかもしれない。もしくは、盲信によって。だから、それから、一度のがれると、一度疑いを持つと。
 遠くから眺めている。そして、周辺は静まりかえっていて、その遠くにも、やはり、大きな風はながれているのだけれども、何故か、ただ、通り過ぎていく。一時的な存在であるからなのだろうか。
 もう一度駆動しなければならないのだろうか。同じように、もう一度駆動するだけでいいのだろうか。止まってしまったわけではない。もう一度、その大きな風を受けて。そのことが望みなのだろうか。そうあって欲しい物だけではなくて、そうあって欲しくない物までもが、止まってしまって。それとも、それは、ただの不安なのだろうか。止まってはいけないわけでもないだろうし、大きな風自体が止んでしまっても、それが否定的な意味合いのみだけであるわけでもないだろうが、しかし。
 遠くから眺めたもの、そして、遠くからそこに在る異なる風を感じてみて。それは、愚かしい行為なのだろうか、どれが。全てが崩壊に至るだけであるかもしれないのに、だけれども、崩壊に至らないようにするためだけに、大きな風を受け続けると、そういう物なのかもしれない。大きな風を受けなくなった瞬間に、存在が不安になってしまって、そう、きっと大きな風は重力のような物で、そこに惹きつけられることによって、拘束され、そして、安定していると。
 また、帆を広げ直して、風を受け直さなければならない。そうしようと思わなくて構築できる帆と、そうしようと思わなければ構築できない帆があって。果てしないような、気の遠くなるようなそれ。かつて、いかにして、そのようなことを成し遂げたのだろうかとさえ、想像できなくなっていて。だから、また一から紡ぎ直す。きっとそれは、それほど果てしない物でもない。それほどの事でもない、例え帆を広げたとしても、この身体を飛び出すことは出来ない。
 遠くから眺めてみても、それがただ、愚かしいだけなのか、それが幾分かの真っ当な何かを持っているのかなんて。きっと、だからこそ、時には、強制的に分断されなければならないのかもしれない。いつまでも、引きずられているのではなくて、強制的に次の次元へ向かわなければならないと言うこともあるのかもしれない。
 いずれにせよ、それは、既に古びてしまっていて。だから、丁度いいのかもしれない。大きな風を受けていたのか、大きな風に引きずり回されていただけなのか、大きな風に一部は引きちぎられて、そして、風を受けることが出来なくなっている部分もあるようにさえ思う。だから、この機会に真新しい物に。
 さて、ここにいて。何が見えるのだろうか。ここにいて、どこからどのような風が吹いているのだろうか。どの方向に向かって、帆を広げるべきなのだろうか。遙か先の見えない何かに向かって、帆を広げようとしたときに、それは、何が目標物になるのだろうか。制御性を損なわないように、帆の大きさを調整しなければ、きっと、見えない目標を目指すには、常に軌道修正が必要だから。それに、大きな風にただ吹き飛ばされるようでは。
 大きな風は、様々な影響によって渦を巻きながら形成されていて。さて、もう一度さらに、進まなければならない。

Bookmarks

Google Search

AMAZON Search

Google Recommends


dLINKbRING powered by Rogi073
Creative Commons License

このサイト(http://www.dlinkbring.com以下のサイト)掲載データのうち、APIなどにより取得されたデータ以外のサイト作者による記事は、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下でライセンスされています。

Valid CSS!