ぶら下がる過去とさまよえる未来の狭間
さまよえる未来を、現実によって、誤魔化す。それとも、どうにもならない現実を、未来に押しつける。やがて終わりゆくというのに、しかし、既に終わっているのかもしれない。
何もわからないままに、ここまでやってきた。そして、前も後ろも遮断されたまま、この現実だけが、のしかかってくる。要求には、回答を提出するしかない。要求されてなどいないのかもしれない、だけれども、やはり、回答を提出するしかない。
刺激をたたき込む。現実を忘れ去る事が出来るように。未来が不明のままに、現実を忘れ去ろうとして、そして、過去はただ過ぎ去った時間でしかないのであれば、一体、何処に存在しているのだろうか。そして、刺激をたたき込む。現実を、別の現実で置き換えて。それとも、この不安というのは、未来に対するそれなのか、それとも、過去に対するそれなのか。時間軸の中心で、後ろと前とに目をこらす。何も見えてこないのは知っている。
だから現実を埋め尽くせと。多くの物事で。忘れ去ってしまえるように。感覚を埋め尽くせば、それで。しかし、感覚は最早何かに集中しきる事は出来なくて、どこかで常に留まる事の知らない何かが支配していて、埋め尽くす事を拒む。追い払おうと、逃げ出そうとする。それとも、解決の道のないようなそれを突き進もうとする。回避すべきだという冷静な判断をよそに。
静まりかえっている。雨の降る夜。しかし、感情は沸き立っていて、血圧は高いままから降りてこない。こんな時間を過ごしていると、疲労は何処までも蓄積していって、しかし、眠ろうとすることにさえ集中力を向ける事ができなくて。
どの未来に向かっているのか。どの過去から来たのか。来ず方行く末が全く想像出来ない状態になってしまっていて。だから、この現実をどのように裁いていいのかさえもわからず、うろうろと。さまよえる精神を、何にぶつければいいのだろうか。
ずっと、崖を登り続けて、そして、到達したところ。そこは、平野なのだろうか。それとも、そこからまた崖が続くのだろうか。その崖は、登るべきそれなのか、下るべきそれなのか。どこからが、崖だったのだろうか。そして、今いるここは、崖なのだろうか。
だからといって、どうでもいい事かもしれない。ただ刻々と過ぎ去っていく、この現実に踊らされながら、なだれ込むように未来へと突き進む。そこには、延長線上の現実があるだけで。軌道は何処でどのようにして変化するのかなんてわかりようがない。それが、意志によって支配可能な物なのか、それとも、偶然によって変化を強いられる物であるのかさえ、不明であって。
だから、依然として、この現実を誤魔化しながら進む。この感情を受け皿を時に別の物へと展開させながら、時に理性に制御を依頼しながら、感情の真っ当な成就を果たせない事もあれば、そうでない事もありながら、現実は、そして、突き進んでいく。それとも、現実を突き進んでいくのか。そして、常にそこには、ぶら下がる過去とさまよえる未来がある事にはかわりがないのかもしれない。

