消極的希望
脱皮する。向こう側へと歩いて行く、その一つだけが、また異なってしまって、その軋轢に苦しむ。だけど、じっと、目をつぶる。何も見えないようにして。その苦しみを表に出さないようにして耐える。そして、その一つは、楽しげに振る舞っている。その薄膜の向こう側へも、簡単に入り込むことが出来る。
何も感じていない、会話を交わし続けているその間は。ふとした瞬間に入り込んでくる何かを、しかし、飲み込む。きっと、それは、私だけではないだろうと。それぞれの違和感を押し殺して、つまり、そこにあるインタフェイス越しに。それでも、振る舞っている。それが、実際に本心からなのか、振る舞っているに過ぎないのかさえもわからないほどにその空間になじんでいる。
ここにあると思っている道を歩き続けようとしている。ずっと霞の向こうにあるようにしか見えないその道を。しかし、その道は、かつては希望であったけれども、今は絶望としてしか見えない。まるで、根幹から過ちを犯していたようにしか思えない。求めていたものは、一体何だったのか。理想としていたものは、一体何だったのか。
それでも、併走し続けることは出来るかもしれない。それ以上の奥深くを覗き見ようという思いは、私にはなくて、だから、私のその奥深くも開けようとは思いはしない。そもそも、その一つだけが、そちらに向かって歩いているに過ぎないのだから、その一つには、それほどの厚みはないのだから、なんという裏切りだろうかと、私は、自分を少しだけ責めてみるが、しかし、むしろ、それこそが、私の最大限の思いやりであって、むしろ、裏切りとは正反対の行為であると言うことは、決して声に出して説明することはないだろうけれども、暗黙のうちに理解してもらえないだろうか。
それでも、私は苦しみ続け、そして、あなたはそれ以上に苦しみ続けることになるのだろうか。私を感じることが出来ないと、私も、私を感じることが出来ないと、でも、私は、感じようとしている、あなたを。それでも、不十分かもしれない。私にとっては、それでも、過剰なのだけれども。
ただ、呆然としている。もう、何もない。ここには、何もない。ここに無ければ、どこにもない。だけれども、その方向へと向かっている。その動きは、どのようにしても、留めることが出来ないから、それでも、もう一つのそれは、別の方向へと、せめて、それだけのために、そう、やはり、それは、何というのか、あまりにも、自分勝手の行為なのかもしれないけれども。
全てが、例え焼き尽くされてしまってもなお、そこは、私の場所であることに変わりはない。何度も、何度も、失い続けたけれども、しかし、残存し、むしろ、増強されたその、空間は、結局架空の希望でしかなかったとしても、それが、聖地であることに変わりはないと、勿論、だけれども、それを、誰かに無理強いしようなんてことは、かけらも思いはしないし、理解されることすらも、求めてはいない、そっと、無視して欲しいと、大生を理解したいと思うその気持ちをありがたいとは思いながらも、そちらには、もう一つが行っているから、それと併走すべきなんだ。
そして、歩み出す。歩み出すときは、どんな状況でも、不安に満ちているじゃないか。やがて、慣れてしまう。ただ、慣れていないだけで。やがて、信念ですらなじんできてしまうだろう。失ってしまうほどに、失ってしまうほどに、失ってしまうほどに、それこそが求めるべきものはないのかと、あまりにも消極的な希望だろうか。

