その、時
雨の朝は、いつもよりも暖かで、薄暗くて、それ故に、いつもの朝の感覚とは違って、思わず寝坊してしまった。湿度をいつもよりも多く含む空気。それに包まれて、そして、わずかながら異なる臭気をも感じながら、活動を始める。
支配するように、降り続く雨の様子を窓から眺めて、どうしようかと、悩みながら、外出の準備を始める。むしろ、雨の方が、空いているかもしれないし、多少足下はぬれてしまうだろうけれども、それほど気にすることでもないのではないだろうか。いいわけならいくらでも考えることができる、やめてしまうための。何もしないことほど安全なことは無いようにも感じる、必ずしもそうではないことを経験的に理解しているにも関わらず、そう感じふとそれに従おうとしてしまうが、しかし、やはりその経験が脅迫となって、背中を押し出される。何度味わってもいやな気分がするそれは、変わらないものだ。ただ、何度も味わっていると、少しは長く息を止めることができるようになって、その分、感覚を麻痺させることもできるようにもなる。
傘の下に隠れて、思ったほどは寒くはないけれども、コートの中で身を縮める。一歩ごとに、ズボンの裾が水分を吸収して、一歩ごとに、そこに近づいていく。しかし、歩き出すと、それほどのことでもないように感じる。少なくとも、このようにすれば何とかなるのだとすれば、それほどの絶望でもないのかもしれない。しかし、かといって、そこに希望があるのかと自問してみても、何も答えは出てこない。もしかすると、一瞬にして、逃げ出してきてしまうかもしれない、いや、逃げ出さないまでも、そこでただ硬直しているだけかもしれない。ここほどに、自由に振る舞うことができるだろうか。
しかし、何故、むしろ、とどまることができないのだろうか。それは、この落ち着きのない性格故なのか、それとも、常に満たされることのない欲求の為なのだろうか。できれば、そういったことではなくて、例えば、運命とか、そんなもののせいにしたくなる。確かに要因なのだろうけれども、それだけで全てが説明しきれるようには思えないのだから。
そのまま、そこにある坂道を登っていくだけでたどり着くのであれば、多少の急な坂道ぐらいなら、むしろ、喜んで登っていくだろう。そこで、道が途切れていないということに確信を持てるのであれば。そういった、前兆が全くなくて、別の道へ移らないといけないことを感じる必要がないのであれば。一体、どちらが使い捨てなのだろうか。だけれども、そんなものなのかもしれない。むしろ、まだましなのかもしれない。それとも、考え過ぎなのかもしれない。そこにある、流れに、自然に従っていれば、むしろ、先進的であれるのかもしれない。無い流れなんて作る必要はないのかもしれないし、そもそも、そんなことは不可能なのかもしれないし、そもそも、いずれにせよ、どこかの流れに結局乗るのだから、そう、たいしたことではないのだろう。
日が照り込む部屋。自然な暖かさが包み込んできて、むしろ、気恥ずかしささえも感じさせるような強い直射日光が支配しているその様子を、窓から眺めて、どうしようかと悩みながら、やはり、また外出の準備を始める。冷静に多くのものを眺めて、そう、可能な限りの状況判断は行ったつもりだし、これ以上躊躇していても、もう、どうにもならないだろうと、あとは、逃げ出そうとする感情を縛り付けて、そして、決断するだけ。

