変わらない景色
どこまで歩いても、変わらない景色。ただ、自らが衰えていくことのみが変化点のようでもあり。そして、既に溢れんばかりに溜まってしまっていて、その限界点をごまかしながら、すり足をして進むしかできない。
だけれども、どこまでも歩いても、変わらない景色。限界が時々溢れ出しても、もうそれに対処することはできず、ただ、垂れ流したまま、何をどうすればいいのか。
それでもなお、歩き続けなければならず、どこまでも、肉体が尽きるまでは。しかし、そこまで耐えうると言うのか、手立てを失ったかのように、そして、うずくまるだけ。手も足も出ないまま。だけれども、進まなければならず、転がり、のたうち回りながら。
何が、ここにあるのか、何が向こうにあるのか、一体何を得て、何を失ったのか。何を目指して、一体どういった免罪符を得ようとしているのか、それは、一体何のために。亀裂が入り、とどまることを知らないままに、流れ出していく。そう、だけれども、もう、大丈夫なんだ、たとえ流れ出しても、多くを失っても大丈夫なように、準備は指定あるのだから、たとえ、何もなくても、ずいぶん昔に、希望はうち捨てているから、ここに現実があれば、それでいい。
息を止めて、それでも、数歩なら進むことができる。その間に何が起ころうと関係なく、ただ、息を止めていれば、時間は過ぎ去っていく。時間が過ぎ去れば、曖昧な記憶の中の世界にとどまる。きっと、認識しないものは存在しないのであれば。
何も持っていないはずなのに、あまりにも重い、足取りが、いや、実際に。これほどまでに、何も持っていないのに、それでも、多くのものがのしかかってくる。もう限界だと、確かに、もう限界なんだと。限界なんだと。閉ざされていく道、一方で、混乱する環境。この選択肢のない拓けた空間を、ただ進んでいく。足取り重く。

