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2009/03/27

360度の世界

 「振り向かずに行きなさい。」その言葉と共に、歩き続ける道。彼の頭の中には、ずっとその言葉があって、そして、どうにかその言葉を守り続けようとする。
 だから、彼には世界が180度しかなかった。その他の多くの人が360度の世界を最大持っていると思われるところを。彼は、しかし、その事実にすぐに気がついたわけではない。ただ、その言葉が全てに先立つ言葉であると思っていただけであるが故に。いや、彼にとって、はじめからその言葉があったわけでもない。いつからなのか、実のところ、彼自身にはっきりとわかっているわけではない、いつからその言葉を守らなければならないと思い込みはじめたのかは。ただ、しかし、そうするしかなかった。
 だけれども、必ずしもその言葉を守り続けたわけではない。時に、思わず、振り向いた。180度の世界を240度くらいまで拡張してみた時もあったけれども、確かに、そのことが何かすばらしいことを起こしたかというと、そうではなかった。だから、彼にとって、その言葉はより重要な言葉となった。
 だから、進む方向に進むと。だから、そこにどれほどの選択肢があるのかについても、気づき損ねていたのかもしれない。彼は、誰もが180度の世界を生きていると思っていた。その言葉は、全ての根源的なルールであると思っていた。しかし、どうやらそうではないらしいと、徐々に気がつき始めた。いつからだろうか、わからない。だけれども、時は既に遅く。かれには、180度の世界を拡張する術が無かった。
 「振り向かずに行きなさい。」その誰の物ともわからない言葉を、彼は、むしろ積極的に唱えはじめた。振り返ることを拒み、180度の世界を頑なに守った。事実はというと、そうするしかなかった。最早、履歴の失われた彼にとっては、振り返ったところで、そこには何も存在しない状態になっていた。だから、最早360度の世界だろうと、180度の世界だろうと、彼にとっては、変わらなかった。そして、むしろ拒否して、180度の世界を選択した。
 誰でもが、そうであるわけではない。時に、180度の世界の人も彼以外にも居よう。270度の世界の人も居よう。90度の世界の人も居よう。ただ、それがどのような分布になっているかなんて、だれも統計を取ったことはないのだから、彼が得意な事例なのかどうかなんて、判断できない。ただ、感覚的には、どうだろうか。
 「振り向かずに行きなさい。」と、そして、かれは口をつぐんだ。二度と、口外することは辞めた。ただ、彼の心の中に、その言葉が残った。誰一人気づくことはない。彼が、180度の世界を生きていると言うことを。同様に、彼にも結局誰が、360度の世界を生きていて、誰がそうでないのかは、わからない。誰も、何一つ口外しない。その世界が狭すぎるのか、広すぎるのか、誰にもわからない、残念ながら、わからない。そう、統計なんて、だから、取ることはそもそも出来ない。
 密に分布した場所にいるのだろうか、粗に分布した場所にいるのだろうか。あまりにも、相対的な判断軸すぎて、わからない。
 そして、彼は、何度も振り向いていた。今は何も無いそこに、何かが生まれはじめるのだろうか。

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