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創作テキストを月一回程度の頻度で掲載するサイトです。

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記号である言葉。それらが並べられていくと、そこにはまた違う記号的意味が浮かんでくる。その言語の力を最大限に利用しながら様々な感覚を描写したいと、その試みが生み出した幾ばくかの文章をものをここに提示していければと。月一作程度のペースで、文字数にして1000字程度の短文をベースとして、公開しています。

2011/12/18

夜道

 冷たい風。震えと、心地よさと。通り過ぎる音。そこにある音。光に照らし出された暗がりを、歩いて行く。考えるべきことが足りないのか。まるで、空腹であるかのように、落ち着きを失う。何を必要としているのか、何も必要としていないはずなのに。何かを要求している。何か、考えるべきことを要求している。
 特に、目的地などはない。少しだけ、今日の夕食のための何かを買うことが出来れば、それ以上のものは必要とはしていない。この夜。いや、昼からずっと、手持ちぶさたなまま。何かを考えようとする。何を考えようとするのか。しかし、ただ、じっとするだけ。何かを変えるべく、しかし、何を変えるべきなのか。
 このままで、いつまでも。それとも、大きすぎて、求めるものが、だからとても、その望みが達成される気がしないために。やるべきことは山ほどあるはずなのに、あまりにも大きい山であるが故に、登る気力がわかない。だから、他の何かを求める。その絶望感から逃れるために。だから、何か敵を探し求める、糾弾してしまえと。
 だけれども、進むしかない。迷子になるかもしれないけれども。このままであっても、近づくことが出来ないのであれば、むしろ、遠ざかる危険性を覚悟で進むしかないのだろうと。道に迷ったことだけでも理解することが出来たなら、それで十分な成果なのかもしれない。
 イルミネーションに照らされた広場を通り過ぎる。その華やいだ姿を、シニカルに捕らえながらも、その純粋な美しさに目を引かれる感情を否定することは出来ない。この程度で十分なのかもしれない。何を今更、そして、それは一体誰のために。私のためだけなのであれば、それはただ、諦めれば終わるだけの事ではないのか。
 そして、その美しさを賞賛してみる。心のそこからではないと言うことを、見透かされてはいないだろうか。しかし、だからといって。その説明を理解することなどできないだろう。だから、精一杯ではなく、賞賛してみる。別のものを見透かしてもらうために。多重に嘘をついているのは、自分自身に向かってなのか。
 遠のいていく。そう感じる。本当だろうか。むしろ、困惑している。あまりにものその大地の広さに。振り向かず、大地を一歩一歩進む。その進むための道を作るところから、足場となる階段を作るところから、よじ登るための手すりを作るところから。あまりにも、遠すぎると感じる。だけれども、あのときのように。
 作り上げてきたものが、そこにはしかし、まだ存在している。すっかり、荒れている、以前よりも。そこにつぎ込んだ思いは、その荒れた外観以上に荒れてしまっている。何故、それを虚しさと捉えてしまったのだろうか。小さな足跡。それでも、何かの手がかりくらいは掴んだつもりではなかったのだろうか。
 冷たい風。しかし、それから身を守るコートを、しっかりと羽織っている。十分摺りギルほど、考えるべきことはある。途方に暮れて、考えることを放棄したくなるほどに、考えるべきことはある。だけれども、次の手を打つことを、それが今やるべきことであって。しぼんだ感情を再び膨らませなければと、この夜道に思う。

2011/09/29

色あせた街

 色あせていく。あっという間に、色づけしたはずの世界が、色づいて行っているはずの世界が。色あせていく、しっかりと注意を払っていなかった視界の端の方から順番に。白黒で、焦点さえもぼやけてしまっているようで。いくら色づけても。
 そのように振る舞っている。違和感なく、振る舞えているようにも感じている。だけれども、やはり、そうでもないのかもしれない、私ではない世界。そして、それを必死に塗り絵しているだけなのであれば。振る舞いが行き届かない端の方からすぐに、色あせて行ってしまっても、おかしくないのか。
 しかし、だとしたら、色のない世界が、私の落ち着く場所であるのかと、そうでもない。いや、どうなのだろうか、色が、色とは、同じように塗られていく世界なのに、しかし、その色が、私の色ではないということであって。この色を、私は、何故、塗り続けているのかとそう、疑問に感じているからこそ。この色とその色は、実際、そう大差ないように感じる。だけれども、そこに存在する違和感が、実のところ、大きな差異なのかもしれない。
 色あせていく。だから、何度でも塗り直す。追いつき切れそうにないと感じながらも、色あせ始めている場所が、あちこちにあることがわかっていてもなお、いやわかっているからこそなお、また、塗り続ける。そのことの意味とは。そのことこそが、むしろ、生きていると言うことだと、無理矢理に納得させるしか無く。
 そして、私の色も、いつしか消え去ってしまうのか。それが、どのような色だったのかもわからないほどに。いや、わかるのはわかっている。そっと、誰にも見つからない場所で、それらの色は、きれいに広がっている。だから、それで、十分なんだ、だから、ここには、この色を塗り続ける、すぐに色あせてしまうものだとわかっていながらも。
 だから、それ以上、問い詰めないで、大目に見て欲しい、色彩が、多少不十分であることぐらい。私には、これが精一杯なのだし、その精一杯を、可能なことなら理解して欲しいと思う。この先、いつまで続けることが出来るのかは、わからないのだけれども、しかし、可能な限りは続けていくつもりだし、故意に止めようとは思ってはいない。
 色あせていくその風景に、寂しさを感じている、自分でさえも。偽りが常に暴かれてしまっているようであるという罪悪も含まれて、そして、純粋にその色あせた姿が与える心象にも追い詰められている。だけれども、その色づいている場所が、なんとか、色あせずに色づいている場所がそこにはあると言うことは、その色が私の色ではないことがわかっていてもなお、喜びの感情を喚起することにはつながっているのだから。
 そして、私は、平然と笑顔を振りまく。その画面のなかの実際の色彩にはなにも違和感が無いようなふりをして。そのようにして、私は、ここに存在する。そのようにして、私はここに存在することに決めたのだから。それが、他者に対してどうであるのかなど、どうでもいいこと。私が、この場所に存在するために、選択した存在の仕方がそれであるのだから。だから、その色あせた風景にも耐えていくことが出来るだろう、そして、その色あせを最小限にとどめるために、自分のものではない色を塗り続けることにも耐えていくことが出来るだろう。そして、それが、私であるのだから。

2011/08/04

心象風景

 刺激を足す、あと少し、もう少し。小さな小屋の中に隠れて。しかし、隠れなければら無いほどのことをしでかしているわけではない。ただ、そこにそうしていたいが為に。
 少しでも、刺激が増すように。少しでも今までにはない感覚を得ることが出来るように。しかし、これも、いつまでも効くだろうか。すぐにでも、いや、もしかするとその行為の最中に出さえもう、刺激は消尽しきってしまっているのかもしれない。それでも、刺激を味わおうと試みる。そのために、すこしばかりの評論を加えて、そして、その評論もろともむさぼり食うように、味わう、刺激を。
 それとも、これが装っているだけに過ぎないと、もしかすると、裏切り行為に近いのかもしれないと、そうだろうか、むしろこうやって努めて装っていることにこそ誠実さが込められているのだと思うのだけれども。
やはり、足りない、刺激が、徐々にその効果が薄れてくる、何かさらに、むしろ、裏切りに近いほどのことにこそ、刺激があるのかもしれない、やげて、それにさえも刺激の限界を感じ始めるのだろうけれども。
 思ったほどではないと、想像が行き過ぎているから。冷静になる。想像が大きく行き過ぎているというよりも、欲求が、不足に起因する欲求があまりにも大きすぎているのかもしれない。だけれども、だからどうしろというのか。
 刺激を求める。容易には消えないほどの刺激が無いだろうかと。もしくは、そのあといちょっとで刺激がくるかもしれないというその直前の感覚を探し求める。いや、どの瞬間だろうか、冷静さと夢中の狭間で、夢中になりすぎてあっという間に過ぎ去ってしまわないように、しかし、あまりにも冷静すぎて何も感じることが出来ないことが無いように。
 暗中模索をしているときは、どこかに確固たる足がかりが見いだされることを強く望み、一方で、先行きが見えすぎるときは、何も予想が出来ないことを望む。むしろ、思っていた以上に満たされてしまったのだろうか。過剰な刺激を求めてしまうほどに満たされてしまったのだろうか。なのに、何故、一向にこの箱はいっぱいにまで埋まってくれないのか。どこからか、漏れ続けているのか、それとも、箱がどこまでも膨張して行っているのか。 小屋を後にする。やはり、満たされたという感覚は全く感じない。何とも言えない、後ろめたさなのだろうか。満タン過ぎるとこぼれることを進歩意思無ければならなくなるからなのか。
 ここまで来たのに、それだけに過ぎなかった。そう、その瞬間だけが、満たされていると言うよりも、忘却の中にある時間となるだけであって、またこの時間に戻ってくると、その消していた時間分が余計にのしかかってくると。
 いつまでも、これが続くのかと思うと。この、手がかりの無い時間の中をさまよい続けるのかと思うと。何か、別の手段によって、何か手がかりのようなものを見いださなければならないのか。
 この気分に合わせて、夕焼けが見えていることにデモしようか。広く開けた空の裾野が真っ赤に染まる夕方。私は、一人その夕焼けにまっすぐ歩いて行く。涙がほほを伝うのだけれども、一向に悲しくはない。うつむいて、ゆっくりとぼとぼと歩くのだけれども、一向に疲れてなどいない。これが、だから、そんな夕方である必要もないほどに、心象は摩滅していて、風景の重なり合うことが出来なくなっている。

2011/06/19

かゆみを感じる

 きっと満足いていないのだろうと、ここまでのものを提供したとしても。しかし、それでも、最善を尽くしたという印象だけでも受け取ってもらえれば、それが限界なのだから。だけれども、どこまでなのか、きっとあなたは自分自身でもわかってはいないに違いない。それは、私自身もまたどこまでなのかが、わかっていないのだから。
 体にちょっとしたかゆみを感じる。だけれども、それがどこで感じられているのかはわからないので、だから、それを何とか抑えようとして、求める。だけれども、欲求は、そのでどころが不明であるが故に、満たされることもないのかもしれないと、そして、肉体の限界まで、彼は、進もうとする。
 少し距離を取って。だけれども、その距離を詰めた方がいいとも感じながら。決定的な距離をあなたとの間に感じている、どこまでも近づいていこうとしても、あなたは少しだけ遠ざかろうとする、だから、私は、それ以上は近づこうとはしないで、だけれども、少しだけでも離れすぎると、あなたは、私に近づこうとする。あなたの何かを、感じる、私にはない何かの感情を。
そして、彼は、一人ため息をつくようで。もう、多くを求めずに、ただ、相手が満足してくれることだけを目標にして。そして、彼は死んでいく。むしろ、死んでいく。死に行くことを求めている。彼が彼であろうとするほどに、相手が遠ざかって行ってしまうように感じて。だから、彼は死に行くことで、むしろ、行きようとする。彼の満たされない欲求は、だから、永遠に満たされることはなく、そして、いずれにせよ偽り続けることで。
 あなたは、本当に、何を感じているのだろうか。そのあなたには、私は、何を感じ取ればいいのか。あなたを感じるようで、あなたが感じられない。遠くから見るあなたのそのあなたそのものが近づけば近づくほどに消え去っていくようにも感じる。だから、むしろ、私は、あなたから遠ざかればいいのだろうか。だけれども、時々見せるあなたの遠くを見る視線が。
 彼は、全てを見失っている。全てが崩れ去ってしまったのだから。もう、彼には、彼自身は存在しない。崩れ去ったものをくみ上げて、無理矢理縛り付けて、自分自身を構築いているように装ってみたが、しかし、それはあまりにも脆弱で、偽りに満ちていて、そう、そもそもから、存在することが出来なかったのだから、だから、存在しようと彼が努めれば努めるほどに、存在することが困難になるしか無く、だから、彼は、むしろ存在を捨てることで、その崩れ去ったものを認めることで、肉体を失った魂としてだけ、偽りの存在としてだけ、そこに、虚像を構築いて、存在することを選んだ。彼は、何も感じないことで、相手を感じる。そこい、偽りの世界にある、想像の中で描いたそれらしき感情を生成して、それに浸る。全く実感のない幸福に、ようやく浸る。
 まるで、空気を掴んでいるように。近づいても、感じることは出来ない。全てを受け入れてくれるようで、全てが受け流されてしまっているだけのようで。あなたは、どこにいるのか。私は、ここにいるのに、あなたは、どこにいるのか。
 彼は、そこにたたずむ、内部にあった空虚を、その外部にまでもはみ出させて、その存在全てが空虚になる。そして、満たされることはなく、そして、満たすことも出来ないのだろうかと。

2011/05/27

消極的希望

 脱皮する。向こう側へと歩いて行く、その一つだけが、また異なってしまって、その軋轢に苦しむ。だけど、じっと、目をつぶる。何も見えないようにして。その苦しみを表に出さないようにして耐える。そして、その一つは、楽しげに振る舞っている。その薄膜の向こう側へも、簡単に入り込むことが出来る。
 何も感じていない、会話を交わし続けているその間は。ふとした瞬間に入り込んでくる何かを、しかし、飲み込む。きっと、それは、私だけではないだろうと。それぞれの違和感を押し殺して、つまり、そこにあるインタフェイス越しに。それでも、振る舞っている。それが、実際に本心からなのか、振る舞っているに過ぎないのかさえもわからないほどにその空間になじんでいる。
 ここにあると思っている道を歩き続けようとしている。ずっと霞の向こうにあるようにしか見えないその道を。しかし、その道は、かつては希望であったけれども、今は絶望としてしか見えない。まるで、根幹から過ちを犯していたようにしか思えない。求めていたものは、一体何だったのか。理想としていたものは、一体何だったのか。
 それでも、併走し続けることは出来るかもしれない。それ以上の奥深くを覗き見ようという思いは、私にはなくて、だから、私のその奥深くも開けようとは思いはしない。そもそも、その一つだけが、そちらに向かって歩いているに過ぎないのだから、その一つには、それほどの厚みはないのだから、なんという裏切りだろうかと、私は、自分を少しだけ責めてみるが、しかし、むしろ、それこそが、私の最大限の思いやりであって、むしろ、裏切りとは正反対の行為であると言うことは、決して声に出して説明することはないだろうけれども、暗黙のうちに理解してもらえないだろうか。
 それでも、私は苦しみ続け、そして、あなたはそれ以上に苦しみ続けることになるのだろうか。私を感じることが出来ないと、私も、私を感じることが出来ないと、でも、私は、感じようとしている、あなたを。それでも、不十分かもしれない。私にとっては、それでも、過剰なのだけれども。
 ただ、呆然としている。もう、何もない。ここには、何もない。ここに無ければ、どこにもない。だけれども、その方向へと向かっている。その動きは、どのようにしても、留めることが出来ないから、それでも、もう一つのそれは、別の方向へと、せめて、それだけのために、そう、やはり、それは、何というのか、あまりにも、自分勝手の行為なのかもしれないけれども。
 全てが、例え焼き尽くされてしまってもなお、そこは、私の場所であることに変わりはない。何度も、何度も、失い続けたけれども、しかし、残存し、むしろ、増強されたその、空間は、結局架空の希望でしかなかったとしても、それが、聖地であることに変わりはないと、勿論、だけれども、それを、誰かに無理強いしようなんてことは、かけらも思いはしないし、理解されることすらも、求めてはいない、そっと、無視して欲しいと、大生を理解したいと思うその気持ちをありがたいとは思いながらも、そちらには、もう一つが行っているから、それと併走すべきなんだ。
 そして、歩み出す。歩み出すときは、どんな状況でも、不安に満ちているじゃないか。やがて、慣れてしまう。ただ、慣れていないだけで。やがて、信念ですらなじんできてしまうだろう。失ってしまうほどに、失ってしまうほどに、失ってしまうほどに、それこそが求めるべきものはないのかと、あまりにも消極的な希望だろうか。

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